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2012年7月19日 (木)

反原発デモは団塊世代の暇つぶしとお遊び。

団塊世代は合理的である。学生時代は空想的リベラル、現役社会人時代は現実的保守、そして引退時代は懐古的リベラルと、徹底した利己的合理主義で生きてきた。そこに次世代を思う歴史の連続性は存在しない。

 私は安易な世代論が大嫌いだが、あまりに腹が立ったので今回はあえて世代論を書かせてもらう(私の指摘にまったく当てはまらない団塊世代の人々には本当に申し訳ない)。反原発(脱原発)集会に全共闘世代が往時の旗を掲げているというのだ。

「いろいろな市民や地域グループの旗に混ざって、『明大全共闘』『芝浦工大全共闘』『日大全共闘』などの旗も。1968~1970年代に盛り上がった全共闘運動、その古い友と再会し、懐かしき経験を共有する喜びに溢れている人々の環のように見えました」(NEWSポストセブン より)

 この現象は複数のソースで確認済みだ。当人たちは、結構誇らしげに全共闘の旗を掲げ、「原子力村」「原発推進派」と戦っているらしい。

 彼らの主張は、原発による環境汚染を将来に残さないという点で、一見すると美しい主張のように思える。しかし、実際には醜悪な利己主義だ。

 なぜなら、彼らの言う通りに原発廃止を実行すれば、発電という便益が失われるのに、廃炉にかかる費用だけが長期的に残ることになる。しかも、既に引退した団塊世代は税の負担者から受益者に回っているし、十数年後にはこの世を去る。

 原発を導入し、利用してきた団塊世代は実質的に何の負担もなく、きれい事だけを言ってこの世を去れて、さぞ気持ちがいいことだろう。しかし、残された世代は、一方的に後始末だけをさせられ、多額の費用を負担することになる。団塊世代が本気で反原発(脱原発)をやりたいなら、廃炉にかかる費用を引退世代の社会保障費と完全相殺すべきだが、彼らは自分では1円もコストを負担する気がないはずだ。

 団塊世代の後始末の悪さについては、冨山和彦・経営共創基盤代表取締役が次のようなことを言っているが、まったくその通りだと思う。

「もう1つ大事なのは、下りる世代がいる一方で、これから山を登っていく若い世代がいるわけだから、最低限、彼らが山に登るのを邪魔しないこと。若い世代がこれから山を登ろうという矢先に、『経済成長はよくない』『拡大路線はもう限界だ』『目先の利益ばかり追いかけてきたから、原発事故が起きたんだ』と、山に登ることそのものを否定しようとする。これは本当に勘弁してほしい。

 若い世代からすれば、『原発事故が起きたのは、自分たちの責任でも何でもない。上の世代が勝手につくって、危機管理が甘かったせいでこうなってしまった。自分たちがツケだけ払わされるのは勘弁してほしい』。彼らの気持ちを代弁すると、こんな感じになるだろうか」

 これから先も何十年も生きていかなければならない身とすれば、既存原発を稼働させながら安全性を高め、代替エネルギーや原発の技術革新に期待するのが現実的だ。悠々自適の年金生活で、あと十数年生きればいい世代にとっては、経済成長なんてもう興味はないのだろうが、現役世代や将来世代はそうはいかない。経済成長が止まっても年金は(政治的に)しばらく維持できるが、雇用は即座に失われる。

 団塊世代が公害や原子力を改善しながら使って経済成長してきたように、われわれも試行錯誤しながら科学技術と付き合い、生命をつないでいくしかないのだ(現在の人類の生命は、多くを科学技術に負っている)。現実的な試行錯誤、漸進主義をすぐに否定して、空想的理想主義に陶酔できるのは、生活感のない学生と年寄りの贅沢である。

 その点で、団塊世代とはまさに贅沢三昧の人生であった。学生時代は空想的リベラルとなり、学生運動にうつつを抜かしていた。ところが、いざ社会人になると、一転して現実的保守となり、「資本主義」の中で豊かになっていった。原発による電力を含む大量消費社会の実現も、団塊世代が牽引したものである。

 意外に思われるかもしれないが、現役社会人時代の団塊世代は、結構多くの人が自民党を支持していた。団塊世代に支持された自民党は、公共事業による土建バラマキを行った。この土建バラマキは、現役世代である団塊世代にとって、ダイレクトに雇用創出、所得増加へとつながっていった。

 ところが、自分たちの引退が近づくと、団塊世代は土建バラマキを批判し、「そんなムダなカネがあるなら福祉を充実させろ」と言い出した。引退すれば、土建バラマキのうま味は減る。将来世代のための社会資本整備なんか知ったことではない。年金、医療、介護のためのカネをいかに政治的に自分たちにたぐり寄せるか。それが団塊世代の最大関心事となり、現在もそのための政治闘争(事業仕分け、消費税増税という名の福祉バラマキ)は続いている。

 結局、団塊世代とは合理主義の権化のような存在なのである。おそらくセルフイメージは「気が優しくて、絶えず大きな権力に翻弄され、かわいそうなボクたち」てなところなのだろうが、実際にやっていることは権力を最大限行使した利己的合理主義でしかない。

 だからこそ、団塊世代は財政の世代間格差に無関心だ。事業仕分けや消費税増税では、世代間格差は解消されない(それどころか拡大するおそれもある)。真っ先にやるべきは引退世代への過大な給付を大幅にカットすることだ。しかし、利己的な団塊世代はさらに給付を充実させろという。

 学生時代と同様、呑気な身分になった団塊世代は、贅沢な年金生活の上で、懐古的リベラルという驚くべき「遊び」に走っている。自分たちのツケをすべて次の世代に押しつけながら、既得権だけはがっちり離さず、追加的な負担もほとんど拒否する。しかも、現役世代や将来世代の経済成長の邪魔までする。いかにも「歴史連続性」を否定してきた団塊世代らしい結末である。

BLOGOSより引用

反原発のデモは結局「団塊世代」の暇つぶし・道楽・お遊びである。

この辺の世代は大体「学生運動」の全共斗の流れを汲み、馬鹿音楽家の「坂本龍一」まで「たかが電気」と暴言を吐いた。

この辺の世代は機動隊と火炎瓶でやりやった時代で、国鉄の順法闘争で上尾駅で電車壊したり、都内各所で電車や駅に放火したりととにかくやりたい放題だった。

これが過激になると「成田の三里塚闘争」や「日本赤軍」になる。

団塊世代が一番迷惑。

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