フォト

« カスゴミに騙されて、詐欺に騙されるお花畑。 | トップページ | 敵の手の内に入った馬鹿「山本太郎」。 »

2012年4月21日 (土)

木嶋佳苗の死刑判決で極左「秋原葉月」の馬鹿がまた騒ぎたてる、秋原葉月死ね!

一週間ほど前の話題になりますが、練炭自殺に見せかけて男性3人を殺害したとして、殺人罪などに問われて死刑を求刑された無職木嶋佳苗(きじまかなえ)被告(37)に死刑判決がでました。
本人も犯罪事実を否認し証拠は状況証拠しかないので、この判決が妥当かどうか疑問視する声があります。

1.裁判ではまず有罪か無罪かを決めます。
有罪と判断したら、次に認定された事実を過去の量刑基準に当てはめて量刑を決めます。

有罪か無罪かを判断する際、 裁判官と裁判員は「合理的な疑いを超える心証」を得たら有罪と判断します。
「合理的疑いを超える心証」とは何かについてこちらのブログが参考になりますのでリンク先を是非ご一読ください。

◆弁護士松原拓郎のブログ
「合理的疑いを超える証明」に関する最高裁決定(2007・10・16)
http://lawyer-m.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/20071016_89ab.html

直接証拠がなくても状況証拠だけでも有罪認定ができるかどうかですが、日本は自由心証主義をとっていますので、状況証拠だけでも有罪認定できるというのが実務です。
(直接証拠、間接証拠についてはこちらをどうぞ)
「直接証拠(自白も直接証拠です)がなく、状況証拠だけで死刑判決」と報道されているので直接証拠がないことが問題だと誤解されがちですが、そうではありません。
かつての死刑冤罪事件で、例えば免田事件では自白(直接証拠)以外は状況証拠のみというケースで死刑になっています。
今再審開始が注目されている死刑事件である袴田事件も自白以外の直接証拠はありますが(血痕のついたパジャマ)、この証拠の捏造はほぼ間違いないと思われます。
死刑事件ではありませんが、足利事件ではDNA鑑定という一見動かぬ直接証拠があっても冤罪でした。

「疑わしきは被告人の利益に」の鉄則に従って証拠を評価していけば、直接証拠があっても合理的疑いを超える有罪の心証が得られない場合もあれば、状況証拠だけでも有罪の心証が得られる場合もあります。
要するに直接証拠があっても冤罪は起こりうるわけで、直接証拠があれば冤罪の疑いは減る、というものでは決してありません。
しかし状況証拠のみだった場合、「合理的疑いを超える心証」をとれても「いかなる疑いをも超える心証」はとれない場合がほとんどで、「万が一」「一抹の不安」はまず残るわけです。

状況証拠だけで「合理的疑いを超える心証」を得た場合、有期刑や罰金刑を言い渡すのなら抵抗を感じなくてもやはり死刑となると躊躇する、というのはある意味健全な感覚だと思います。合理的疑いを超える有罪の心証が得られても「万が一」のレアケースまでは否定できないからです。もし万一のレアケースだった場合、死刑は取り返しがつきません。
だから状況証拠しかない本件で死刑判決でたことが問題視されるのです。

本件事件の争点はこちらになります。
http://goo.gl/3u8TC
これをご覧になって「合理的疑いを超えた」と感じるかどうかは人によって違うでしょう。しかし「合理的疑いを超えた」と言えても弁護側の言い分が成り立つ可能性は100%ないとは断言できません。「万が一」「一抹の不安」の不安が残るのは確かです。団藤先生の苦悩もそこでした。

団藤重光著「死刑廃止論」 p.399より

(略)もしこの場合に合理的な疑いがあると言うことであれば、これは事実誤認で破ることになります。そういうことであれば死刑どころか、これは(略)無罪を言い渡すことになります。ところが今の場合、合理的な疑いをこえる程度の心証はとれるのですから、とうてい無罪というわけには行きません。また、事実がその通りであるとすれば、これはきわめて冷酷無比の手口によるところの犯行でありましたから、死刑制度が存在する以上は、死刑はやむをえないという事案でありました。
そうかといって、事実認定に一抹の不安が残るということを理由として、死刑の代わりに無期刑にするというようなことは、一抹の不安というのは情状の問題ではないのですから、どうしても筋が通らないのであります。
そうしますと、私はこういうときに死刑というものが制度として存在しなかったら、どんなに気持ちが割り切れたろうとおもったのであります。

団藤先生の「死刑廃止論」からの抜粋になりますが、1984年の国連経済社会理事会の決議「死刑に直面している者の権利の保護を確保する保障規定」第4条では
「死刑は、被告人の有罪が、事実についての別の説明の余地を残さない程度に明白かつ説得的な証拠に基づくのでなければ、科すことができない」としています。
イスラム法では死刑事件に関する限り、有罪とするためには「合理的疑い」を超える程度の心証では足りず、「いかなる疑い」をも超える心証がとれることが必要とされているそうです。一抹でも不安があれば有罪として死刑を言い渡すことはできません。

ですが、仮に日本でもこの基準を採用したとしても、何の解決にもならないでしょう。
自由心証主義を取る以上、「一抹の不安」を感じるかどうかは結局は裁判官の個人的な主観によるからです。

それに次のような問題が生じます。
一抹の不安が残るからと言う理由で死刑はやめといて無期懲役にしておこう、というのは理論的にできません。
なぜなら最初に述べたように、これは有罪か無罪かの認定を判断するときの基準だからです。
やったかやらないかについて不安が残るから刑を一等減じる、と言うのは、例えば強盗事件で合理的疑いを超える程度の心証までいかないから一番軽い刑にしておこう、と言うのと同じです。
合理的疑いを超える心証が形成できなければ刑を減じるのではなく、無罪なのです。

すると、死刑相当ではない事件なら有罪認定がされるのに、死刑相当事件なら無罪となる、という不公平な事態が生じます。

状況証拠だけで死刑にすることに疑問を感じるなら、この矛盾からは逃れられることはできません。
死刑制度はこのような矛盾をはらんでいるということが和歌山カレー事件や今回の木嶋被告の事件のような「限界事例」であきらかになります。


2.ところでこの事件では裁判員の負担は大変なものだったと思われます。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120414-OYT1T00168.htm
裁判に携わったのは100日にも及び、「難しかったの一言に尽きる。ただ、いくつか示された物証もあって、その中でパズルの組み合わせをする感じだった」とのことです。裁判員にここまでの負担をおわせてもよいのか、あらためて裁判員制度に疑問を抱きます。
次のツイートも参考にしてください。

BLOGOSより引用

どっかの馬鹿が秋原葉月を非難したら「ネトウヨにつかわれてココロがかわいそう」言った馬鹿がいる、ネトウヨでない自分は元自衛官の筋金入りの右翼である。

この馬鹿はいつも死刑判決や反バ韓国に対して文句を言ってる、馬鹿政府が左翼政権だから本当に正しいのは保守・右翼である。

秋原葉月死ね! お前も死刑になれ!秋原葉月死ね!

« カスゴミに騙されて、詐欺に騙されるお花畑。 | トップページ | 敵の手の内に入った馬鹿「山本太郎」。 »

ニュース」カテゴリの記事

反原発・馬鹿左翼・反日主義」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1549273/44964906

この記事へのトラックバック一覧です: 木嶋佳苗の死刑判決で極左「秋原葉月」の馬鹿がまた騒ぎたてる、秋原葉月死ね!:

« カスゴミに騙されて、詐欺に騙されるお花畑。 | トップページ | 敵の手の内に入った馬鹿「山本太郎」。 »

2015年10月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
無料ブログはココログ